大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和54年(オ)613号 判決 1980年10月28日

上告人

別宮静子

右訴訟代理人

山田正彦

外二名

被上告人

近藤幸夫

右訴訟代理人

塩塚節夫

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人山田正彦、同高田正利の上告理由一ないし三について

原審が、上告人の訴訟代理人のした控訴は控訴期間を徒過した不適法なものとして、これを却下したことは所論のとおりである。

記録によれば、上告人の第一審訴訟代理人山田正彦は、昭和五三年一二月一五日第一審判決正本の送達を受け、上告人からの控訴提起の委任に基づき、同年一二月二六日本件控訴状を書留速達郵便物として長崎市長崎桜町郵便局に差し出したにもかかわらず、右郵便物が控訴期間経過後の昭和五四年一月一日に原審に配達されたことを認めることができる。このような事実関係のもとにおいては、右期間不遵守が年末年始における郵便業務の渋滞しがちな特殊事情等から生じたとしても、本件控訴状の配達の遅延は控訴代理人において予知することのできない程度のものであつた疑いがあり、本件控訴については、民訴法一五九条一項所定の追完事由のあることを認め、その追完を許したうえでこれを適法な控訴の申立として取り扱う余地があつたものというべきである。そうであるとすると、原審が、右追完の事由の存否について十分な職権調査を尽くすことなく、法定の控訴期間を経過したことにつき上告人の責に帰すべからざる事由の存したことをうかがい知る資料がないことを理由に本件控訴を不適法として却下したことは、右の点につき審理を尽くさない結果理由不備の違法を犯したものといわざるをえない(なお、一二月二九日、三〇日、三一日が民訴法一五六条二項にいう一般の休日に該当しないと解すべきことは、当裁判所の判例(最高裁昭和四一年(ク)第八八号同四三年一月三〇日第三小法廷決定・民集二二巻一号八一頁、同昭和四二年(オ)第九二七号同四三年四月二六日第二小法廷判決・民集二二巻四号一〇五五頁、同昭和四三年(オ)第六四八号同四三年九月二六日第一小法廷判決・民集二二巻九号二〇一三頁)の示すところである。)。したがつて、論旨は理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、本件は、更に審理を尽くさせるのが相当であるから、これを原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(伊藤正己 環昌一 横井大三 寺田治郎)

上告代理人山田正彦、同高田正利の上告理由

一、原判決には、

(1) 審理不尽又は釈明権不行使の違法

(2) 法令解釈の誤り

(3) 公の秩序に反する違法

が存し、いずれも判決に影響を及ぼすこと明らかである。

二、原判決はその理由において、「……該期間経過につき控訴人の責に帰すべからざる事由の存したことをうかがい知る資料もないので、民事訴訟第三八三条にしたがいこれを却下すべきものとし……」と述べているが、誤りである。

およそ弁護士たる者が控訴提起の委任を受けた以上、控訴期間に意を用い、期間内に控訴提起をするのが当然であつて、該期間経過後に提起された場合には、特別の事情、それも控訴人の責に帰すべからざる事由の存在が推定される、と言つても過言ではない。

本件も又、然りである。本件控訴状も、昭和五三年一二月二七日に第一審裁判所である長崎地方裁判所に持参提出されていれば、何ら問題なかつたのであるが、控訴代理人事務所の新人事務女子職員が、控訴状の宛先が福岡高等裁判所となつていたことから、早合点して、速達で郵便に付したのである。

ところで、通常であれば、長崎から福岡迄は、普通郵便で二日、速達であれば一日で着くのであるが、昭和五三年一二月ころより昭和五四年一月にかけては、郵便事情の悪化で、郵便物は著しい遅配の状態にあつた。それ故に、昭和五三年一二月二七日に発送された控訴状が福岡高等裁判所に到達したのは、昭和五四年一月一日であつたのである(控訴期間は昭和五三年一二月二九日迄であつた)。

そこで問題は、原判決が「該期間経過につき、控訴人の責に帰すべからざる事由の存したことをうかがい知る資料もない」とした点である。

当時(昭和五四年正月の前後)、郵便物が著しい遅配状態にあつたことは、公知の事実である。又、その遅配が、郵便職員のストライキやサボタージュに原因することも公知の事実であつた。そうであるなら、該期間経過が控訴人の責に帰すべからざる事由によるであろうことは、容易に知りうるのであつて、「うかがい知る資料」としては、昭和五三年一二月二七日付消印のある速達郵便物であること、だけで充分であつた、というべきである。

従つて、控訴人は、郵便遅配状態の止んだ後、あるいは控訴提起が控訴期間経過後になつたことを知つた後一週間内は、控訴の追完が可能であつた(民事訴訟法第一五九条)。

にもかかわらず、本件控訴を「不適法なる控訴にして、其の欠缺が補正すること能はざるものなる場合(民事訴訟法第三八三条)」として、口頭弁論を経ることなく控訴を却下した原判決は、欠缺補正が可能かどうかを充分究めるべき義務を怠つた点において、審理不尽又は釈明権不行使の違法がある、と言わざるを得ない。

本件では、控訴人代理人らは、控訴が控訴期間内に間に合つたと信じていたので、なかなか口頭弁論期日の指定がないな、と思つていたところ、何の連絡も受けることなく、原判決(昭和五四年二月八日付)の送達を受けたのである。およそ控訴の提起は、第一審判決不服があればこそなすのであつて、不適法な控訴であつても、できるかぎりその欠缺を補正させ、審理を尽くすことが、法治国家における裁判所の正しい姿勢である。

本件でも、郵便遅配という社会現象の存在する時期に、一月一日に控訴状を提出することが、そもそも異常なことなのであるから、控訴提起が、控訴期間経過後であつたことが、裁判所において判明した時点において、控訴代理人にその旨の連絡があれば、(この連絡は、決つして、裁判所にとつて、負担となるものではない)、大至急、追完をなしたであろうし、そうであれば、控訴審において審理を受ける機会が与えられたのであつて、控訴審判決の理由のごとき形式的処理は、裁判所の尽すべき職務を充分に尽くしたとは言いがたく、違法であると信ずるものである。

三、原判決は、控訴提起が控訴期間経過後にされたことが明白であるとし、その根拠として、「控訴人が原判決の送達を受けたのは昭和五三年一二月一五日であつて、本件控訴状を当裁判所に提出したのは昭和五四年一月一日であることが明らかである」からとしている。

すなわち、原判決は、本件において、控訴期間満了を昭和五三年一二月二九日であることを、当然の前提として、控訴期間が経過したとしているのであるが、上告人代理人は、右一二月二九日は「一般の休日」(民法第一五六条第二項)であり、一二月三〇日、同月三一日も同様であり、従つて、正月三日迄は一般の休日であるとした最高裁判所判決(昭和三三年六月二日大法廷判決)とあいまつて、本件控訴期間満了は、昭和五四年一月四日である、と主張するものである。よつて、本件控訴は控訴期間内になされたものであり、原判決は、期間計算に関する民法の規定の解釈を誤つている。

すなわち、前示最高裁判所の判決理由は、(1)「一般の休日」とは、法令が規定している休日のみをいうのではなく、一般国民が慣行上休日としているものも包含すると解するを相当とする、(2)一月三日は一般に元日、二日とともにいわゆる三ケ日として休暇休業日とするのを慣行としているが故に、一月三日はいわゆる「一般の休日」に該当する、というにあるが、右理由からすれば、一二月二九日から同月三一日の年末の三日間も、一般の休日と解して、何ら差しつかえないというべきである。

民法第一五六条第二項の「日曜日」は一般の休日の例示であつて、一般の休日が如何なるものをいうかは、風俗の変化、経済生活の変遷に応じて変りうるものと解するほかないが、風俗の変化が激しく、多様な経済生活が同時に存在する現代社会においては、簡単に国民的一般慣行が何であるかを定めることが困難である。そうであれば、休日に関する国民的一般慣行についても、最大公約数をとつた、ゆるやかな解釈をとらざるをえない、と考えるものである。

現代社会においては、正月三ケ日はもとより、日曜日にも経済活動をなす例が増加してきており、従来に比し、「一般の休日」概念は、ゆらいできているが、しかし、それでも、日曜日、正月三ケ日に休業休暇をとる例が官公庁、大企業に多いが故に、これらを休日に指定する法令がなくても、一般の休日と解することが支持されるのである。つまるところ、ある日を、休日とする、国民的一般慣行があるかどうか、ということも、通常の市民生活を送る日本国民のうち、比較的多数が休業・休暇をとる日であるかどうか、によつて決すべきことになると思われる。

そうだとすれば、現状の日本国民の比較的多数は、年末二八日に仕事納めし、翌二九日から三一日は、その勤務する職場については休業し、休暇日としているといえる。前記最高裁判所の理由とする思考を押し進めれば、年末最終の三日間も、一般の休日と解するほかないことになるのではなかろうか。そして、又、年末二九日から三一日までを一般の休日と解することによる弊害はあまり考えられないのである。

かくして、本件控訴は、控訴期間内に提起されたものであるにもかかわらず、原判決が法令の解釈を誤り、該期間経過後の提起であるとして、却下したのは、重大な違法である。

四、原判決に存する違法は右に述べてきたが、原判決の結果、第一審判決が確定するということは、正義に反し、法治主義国家における裁判の威信を傷つけるものである。

すなわち、第一審判決には、著しい判断の遺漏および理由の不備があり、(民事訴訟法第三九五条第一項第六号)、まさに、この点が控訴審において、審理をあおぎたかつた点なのである。

右の点は、第一審記録を見れば、明らかなのであるが、先ず判断の遺漏について述べると、第一審判決は、上告人(原告)が、主位的請求原因として、主張した、売買を原因とする所有権移転登記手続の請求について全く判断をしていないのであり、予備的請求原因である時効取得を原因とする所有権移転登記手続の点についての判断に終始しているのである。

およそ主位的請求原因についての判断がまつたくなされない判決というのも、考えられないのであるが、記録を見ると、その原因は、昭和五一年一〇月一五日付原告(反訴被告)準備書面の最後の二行(今回の主張に反するこれまでの原告(反訴被告)の主張はすべて訂正する)の表現にあると思われる。

しかし、右準備書面が時効取得に関する主張の訂正であつて、売買に関する主張にはまつたく関係がないことは、一読して明らかである。又、訴訟代理人である弁護士が主位的請求原因の主張を全面的に撤回することは、普通ありえないことである。であるにもかかわらず、適切なる釈明もせず、前記準備書面の文章を独断的に判断・誤解して、主位的請求原因事実の判断をしなかつた原判決の違法は、上告理由に該当するものである。そして、かような重大な違法を内包する第一審判決に目をおおい、控訴を却下した原判決も、同様に違法なものとなる、というべきである。

次いで、理由の不備であるが、反訴請求を認めた理由は、第一審判決理由によれば「被告は国から本件土地の売渡を受けたものであるところ、原告はその取得を主張しているのであるから、本件土地所有権の確認を求める被告(反訴原告)の反訴請求は理由がある」というに過ぎず、これだけでは、理由を付したことにならず、上告理由に該当するものと考える。そして、判断の遺漏と同様、かような違法な判決を結果として確定せしめる原判決も違法である。

五、最後に、先に述べ忘れた点であるが、本件控訴は、その欠缺が補正することが可能であつたにもかかわらず、民事訴訟法第三八二条により、口頭弁論を経なかつた原判決は必要的口頭弁論の原則(民事訴訟法第一二五条)に反し、違法である。

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